2011年04月14日

田野畑村と再び石巻に行ってきましたの巻き

「大きな車しか乗らない利用者さんが在宅になっている」

ワゴン車じゃないと乗らない人らしい。


その施設のワゴンは津波で流されたらしい。

そんな電話を。

岩手の全日本てをつなぐ育成会で一緒に理事をさせて頂いている。

長葭(ながよし)千恵子さんから、突然頂きました。

何でも、岩手では中古車がだだ上がり。流された人が買ったからでしょうか。

品薄でなかなか手配できないとのこと。戸枝さん、何とかならないかと。


いろいろ手配しましたが。愛知から持って行くのが1番早いと判断し。

4月の9日10日11日の予定で、2名の職員と岩手県田野畑村に向かって走り出しました。

物資.jpg

相手先に連絡すると、燃料や生鮮食品などに困っているとのこと。

お付き合いのある他の施設は、薪で湯を沸かしてという状態で。

湯煎で食べられるレトルト食品、水を運ぶ容器と水が欲しいとのこと。

1日掛かりで買い出しをして、ワゴン車に積めるだけ詰めて行きました。


大きな地図で見る

田野畑村は、ここ。

知多から那須塩原まで8時間走り、泊。ここで、帰りのためにレンタカー借りて2台に分乗。

翌日、一気に、田野畑村まで走り、盛岡まで帰って泊・15時間ドライブ作戦。

雪景色.jpg

本州で1番寒いところだとのこと。盛岡〜田野畑の真ん中・岩洞湖・まさかの雪景色。

知多では桜が満開だのに。日本って広い。被災施設の皆さん、寒くないだろうかと心配。

田野畑村沿岸部.jpg

田野畑村沿岸部です。ここに家や水産加工の工場があったのです。

田野畑沿岸部2.jpg

トンネルが見えます。三陸鉄道北リアス線が寸断されて見る影もない。

海に面した道路も陥没。防波堤は破れ、道路にテトラポットが乗り上げていました。

津波の力は、本当にすごいです。言葉が出ません。

家の中.jpg

田野畑村唯一の障がい者施設です。

通所施設なのですが、被災した利用者や職員が避難していました。

普段は織りをしているとのこと。その作業台が食事のテーブルになっていました。

薪ストーブだったので。暖は取れていました。よかった!

届けた物資.jpg

「つなぐプロジェクト」に。

義援金・支援金をたくさん送って下さった皆さんの想いを支援物資として届けました。

とりわけ、生鮮食品が喜ばれました。「1ヶ月振りのトマト!」と歓声が。

りんご.jpg

お礼にと。ご飯を呼ばれてしまい。

雪に埋めていたんですよと。

「田野畑村の昨年採れた最後です」というりんごを頂きました。

いかせんべい.jpg

もともと。水産加工をされていたご夫婦が始めた作業所とのこと。

フライ.jpg

いかのせんべい、いかや魚のフライ。これらを障害のある方々と作っていました。

その加工をする作業所がすっかり流されました。


避難していた職員さんも、津波に流され掛かりながら逃げてきたとのこと。

「ひとつ作業所がまだ残っているし、生きているし、頑張らないと!」と。

目に涙で、ガッツポーズを作って笑う顔がたまらない。見ていて胸が苦しい。


「もう、工場がないから、水産加工に変わる仕事を探さなきゃ」

そう、おっしゃりながら。最後のフライをじっと見つめる皆さん。たまらない。


「また、やりましょうよ。国もいろんな助成や補助を考えているみたいですよ」

そう言って励ましましたが。。。また、あの沿岸部に作業所を再建するのか。。。


「ご縁ですから。これから、ずっとやり取りしましょうね!」

そう誓い合って。車のキーを渡して帰ってきました。

僕は。望まれるなら。この施設の再建に関わりたい。そう強く思いました。

それくらい。短時間の滞在ですっかり共感できる素敵な所でした。


後ろ髪引かれる思いで、盛岡に戻り。ホテルのロビーで長葭さんと意見交換。

このひと月の大変さ。そして、これからのことをいろいろ話し合いました。


「僕、今日も確信したんですけれど。東北の人は辛抱強いし、地域愛が強いし。

とにかく、普通では考えられない位、きっと、動かないですよね。」そう僕が言うと。

「東北は昔からいろんなことに耐えて乗り越えてきたんだから」と長葭さん。


壊滅的な地域も含めて。みんなきっと。

その地域から離れない。その地域を再生しようとする。自分達の力で。助け合って。

それを支援するべき。疎開とかじゃなくて。押しつけの善意ではなくて。

彼らの。立ち上がろうとする自主性を、まさにエンパワメントする。

そういう支援であるべきだ。と強く確認しました。


翌日は。みらいず:河内代表が20日位這いずるように頑張っている石巻へ。

被災したコンビニ.jpg

2週間振りでしたが。海から上がってきた泥やいろんなものが発酵して。

すえた臭いが街中に充満していました。以前より、明らかにいるのが辛い。

幼稚園.jpg

「その時間」で時計が止まっている園舎。激突するバス。

重機がたくさん動いていて。瓦礫の撤去も行われていましたが。

延々と続く。明らかに遺体を埋葬する穴を掘っている重機も見ました。

心が重い。

コンビニ.jpg

石巻からだいぶ離れたコンビニでも、まだまだ、こんな感じ。

テレビでは、なんか、すっかり復興モードな感じがしますよね。

そんなことないです、現地は。

石巻全景.jpg

石巻の高台から見た景色です。大きな画像なので。↑クリックして見て下さい。

空爆受けた後の写真ですよね、これは。

言葉を失います。


石巻市役所で、福祉課長さんや福祉事務所長さんに挨拶。

その後、地元のNPOの方、河内代表と意見交換しました。


地元の方の力を伸ばしつつ、僕なりに関われることがないのか。

それを見つけた気がします。

なんか。手柄争いみたいな。利己的な醜い関わりになっているどうしようもない人や。

全然動かないのに。いろいろ言うだけの評論家が多くてうんざりですが。

僕だけでなく。誰もが。自分の出来ることをじゃんじゃんやればいいのです。

そう思います。

近日中に。次のフェーズを皆さんに行動提起できればと思っています。


余談ですが。

帰り道。石巻から那須塩原に向かう高速SAで大揺れ。高速通行止め。(-"-)

仕方なく、白石手前で下車。帰宅断念泊。ずっと余震。しっかり寝られず。

被災地にいる人達は。ずっとこんな怖い夜を過ごしているんだと痛感。


翌日、那須塩原から東京までの東北新幹線チケット買ったその瞬間、また、大揺れ。

何とか、乗ったと思ったら。。。

今度は東海道新幹線が浜松手前で長野に地震でストップ。

最後まで、散々でした。(>_<)
posted by toeda at 20:46| 愛知 | Comment(5) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
戸枝さん
本当にお疲れ様でした
Posted by あい at 2011年04月15日 21:39
2度目の東北、お疲れさまでした。
あなたのその行動の原動力は何なのでしょう。本当に頭が下がります。そして感謝しかありません。

組織に縛られ、自分の気持ちに不誠実な自分が嫌になります。
自分が何を守っているのかすら、分からなくなります。
しかし。
と。自分に言い訳したりして。
今自分にできること、地元の支援を必要とする人と丁寧に向き合い、そこで蓄積させてもらったチカラを、近いうちに東北の人たちに、と勝手ながら思っています。

こんな私ですが、あなたをこれからも応援させて下さい。
Posted by やまのきりん at 2011年04月16日 13:59
あい様>どうも。

やっぱり。帰ってきてから数日後に疲れが。。。

行っている時は、緊張と興奮で元気なんですが。。。

やまのきりん>僕は自由であるために。

今の生き方を。

たくさんのリスクやプレッシャーを日々背負って
していますからね。

やりたいことを。心のままに。その瞬間に。

それが、できることに。いつも感謝しています。

そして。その僕の想いが公益性がある限り。

すぐに応援して下さるたくさんの支援者がいる。

福祉人冥利に尽きるなぁと思います。


岩手で。配偶者を亡くしたのに。

自分が関わっていた在宅の障がい者の皆さんの
安否確認をし、遺体の引き取りや埋葬などを
黙々としている相談支援者がいると聞きました。

避難所に。まだ、13万人が残っています。

ひと月経っても、行く所が見つからない人達です。

そのひとりひとりに。アセスメントと方向性の
アドバイスが必要です。

相談支援者が今こそ大量に被災地に必要なのに。

委託に縛られている?ひとり職場が多いから?

相談支援をしている業界があるとして。

何の動きもないですよね。

動いている個人は、いますが。


ひとり職場でも。

その地域の施設のサービス管理責任者達を常に
信頼し、育てていれば、きちんと関係性を持って
いれば。

「被災地に行っている間は、俺たちに任せて!」
と送り出してもらえるはず。

行政から、そのマネジメント能力を高く評価され
ていれば、

「お前が被災地に行かなくてどうする!」と、
快く、強く、被災地行きを認められるはず。

そうだとして、です。


高齢や障害のケアマネジメントを仕事にしている
人達が。

サービスマネジメントだけでなく。

カウンセリングやソーシャルワークが出来ると
自負しているのなら。

今こそ。その実力を社会化する時でしょう。

でも、動かない。

そういう、集団なんですかね。


って。もちろん、やまのきりんさんをどうこう、
言っているのではないですよ。

相談支援を仕事にしている人全体に。

そんな想いを、僕自身が持っているという話しです。

ある意味。大いなる期待なんですけれど。

このままでは。絶望が確信に変わりますね。

僕の中で。
Posted by とえだ at 2011年04月18日 16:03
おっしゃる通りですね。
あなたの中に絶望が確信にならぬよう。
私も動ける一人になりたい。

そうですね、ソーシャルワークを自負する一人として、あなたがおっしゃるよう、社会化すべき時だし、そのチカラを自ら確認する時。

自分が本領発揮し、その人たちに必要とされるか、です。

ちょっと目の前がかすんでいましたね、私。
ありがとう。
Posted by やまのきりん at 2011年04月18日 22:52
やまのきりん様>力のある相談支援者がたくさん必要ですし。

若い、相談支援者にも。

まったく、初めての出会いを修羅場でアセスメント
する体験をして欲しい。

きっと。

ベテランも、若者も。

本当の相談支援者って、何か。

何が専門性なのか。

再確認し、急激に本物になると思うから。

出来上がった地域で、サービスマネジメントして
いるだけでは。

本当の福祉人にはなれないから。

どんな所でも。どんな場面でも。

何か、人に必要とされることを抜き身で出来るのが。

本物のプロフェッショナル。

自分の身体と知識だけで。

いつでも、誰かを支援できるのが福祉人。

組織なんて、関係ないんです。

僕は。僕のやることがあると思うから。行くんです。

明日。山形から仙台に急遽入ることになりました。

いよいよ。僕なりの支援を動かし出そうと思います。

皆さんも。それぞれの出来ることを精一杯に。ぜひ!
Posted by とえだ at 2011年04月19日 00:47
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