2011年05月02日

三度、被災地へ行ってきましたの巻き

4月19日〜21日:仙台市若林区から石巻へ。

中部国際空港から、臨時便の出ている山形へ。

そこからは、ひたすらレンタカー。

仙台みやぎNPOセンターをお借りして。情報交換。

ダイバーシティー研究所の田村太郎さんと。http://blog.canpan.info/tamurataro/

石巻に入っているみらいず河内君と。http://suminoeman.blog86.fc2.com/

若林区スタンド.jpg

その後。まずは、仙台市若林区へ。

一緒に行った。「北海道地域福祉の雄」ゆうゆう24の。

ゆうゆうHP http://www.yuyu24.com/rinen.html

大原親分と小西若頭も。すっかり言葉を失う津波被害の恐ろしさ。

若林区流木.jpg

海岸沿いの建物なのですが。2階のさらに上の吹き抜けに。

海岸から流れてきた松の木が引っかかってますからね。

この高さを越える水があった訳です。

たくさんの犠牲者が出たのも当然です。


その後。河内君が頑張ってソーシャルワークしている石巻へ。

浸水.jpg

奥に見えるのが、石森章太郎萬画館。

石巻は。地面が下がったようで。満潮になると一部地域で浸水があります。

せっかく助かった家でも。この浸水で住めない所があります。

避難所.jpg

避難所に行きました。

最大1500名いた避難者も、300名切る位の人数に。

人数は減ったのですが。この300名はそれでも移るところがない訳です。

というか。

自力では次のステップが組み立てられない人が多いと感じました。

学校というそもそも暮らしの機能がない所での長期に渡る生活。

皆さん、疲れを感じました。

学校が始まるとのことで。教室から体育館に移るとのこと。

体育館の方が、プライバシーなどを構築できないので、過酷です。

避難所によって、かなり状況が違うようですが。

この避難所では、高齢で介助が必要な方もいました。

看護師はいましたが。福祉の専門家は来ていないとのことでした。

黒い学校.jpg

「黒い学校」と石巻で呼ばれ始めている学校です。

手前は、お墓。

誰かが、この瓦礫の集まりのようなお墓に。

新たに埋葬されたのでしょうか。

そっと手を合わせることしか出来ません。


石巻へ。支援に入ろうかと思っていましたが。

寝ずの頑張りで。行政や社協パンク状態。宮城県も何か機能不全。


避難所に支援が必要な人がいて。僕が介助者だとして。

すぐにでも、目の前の人を介助をしたいけれど。

しかるべきルートの許可なく勝手に支援することが出来ないとのこと。

どうして?


この震災の現場に行ってずっと感じる不全感。イライラ感。

融通の利かないマニュアル対応しか出来ない人間が。

ボトルネックになっている。

しかも。そういう人が。なぜか大手を振っている。

この国の根本的な問題だけれど。それにしてもひどい。


まあ。そうは言っても石巻は。

仙台から近いということもあるのか。いろいろな団体が入っていて。

他の地域よりは、支援がたくさんあるので、復興への胎動を感じます。

せっかく助かった命が。大切にされますように!


ゴールデンウィーク。石巻は、すごいボランティアが来るようです。

なので。僕は他で頑張ります。
posted by toeda at 21:59| 愛知 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月18日

この状況で湯浅誠さんが本当に来るのか?の巻き

4月23日「穴をみつける会」開催です。

12/5「ふわりんクルージョンセッション」”湯浅班”より

<自主勉強会のおさそい>


12月のふわりんで。湯浅誠さん班が。

社会の様々な制度や支援の穴がどこにあり。

どんな人が落ちるのかというワークショップをしたのですが。


それをさらに深めて、ケースカンファレンスなんかもやれるといいよねと。

湯浅さんにアドバイス頂いたことを形にした勉強会のお知らせです。

お知らせ→http://fuwari.tv/fuwafuwa2/anawomitukeru35.html


このお知らせでは、1回になっていますが。全3回で行う予定です。

様々な職種、様々な視点の人が集まって、広く社会的に穴に落ちる人を考え。

どうソーシャルインクルーズしたらいいのか考える機会にしたいと思います。


誰でも参加可能ですので、興味にある方は、ぜひ、どうぞ。


震災関連で多忙なこの状況で。

湯浅さんは、「まだ参加諦めてませんよ!」だそうですが。。。


もともと、湯浅さんが来ることを前提にせずに、自主ゼミ的に行おうとして、

企画したものですので。

もし、湯浅さんが来場されたら、大感激として。

いらっしゃらなくても。

参加者みんなで、彼の想いをしっかり味わいたいと思います。
posted by toeda at 18:09| 愛知 ☁| Comment(4) | TrackBack(1) | NPO法人ふわり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月15日

東日本大震災の現地報告会in名古屋をしますの巻き

東日本大震災で僕が見聞きしたこと考えたことを。

まとめてお話しする機会を持ちたいと思っていましたら。

名古屋市名東区の手をつなぐ育成会さんの総会の後に。

話をして下さいと依頼がありました。ありがとうございます。


日 時 : 平成23 年 4月22 日(金)11 :00〜12 :3 0

会 場 : 名古屋市 障害者スポー ツセンタ2F 会議室



育成会なので、被災地の様子とともに。障がい者がどんなことになったのか。

さらに。もし、東海地区が被災するとして、何を考えないといけないのか。

僕なりに、まとめてお話しできたらなぁと思います。

愛知では、たくさんの方が僕が被災地に行くにあたり、支援下さいました。

そういう方への説明責任が少しでも果たせるといいなぁと思います。

当日の案内ビラです。→育成会総会後講演会案内 (1).pdf
posted by toeda at 15:32| 愛知 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月14日

田野畑村と再び石巻に行ってきましたの巻き

「大きな車しか乗らない利用者さんが在宅になっている」

ワゴン車じゃないと乗らない人らしい。


その施設のワゴンは津波で流されたらしい。

そんな電話を。

岩手の全日本てをつなぐ育成会で一緒に理事をさせて頂いている。

長葭(ながよし)千恵子さんから、突然頂きました。

何でも、岩手では中古車がだだ上がり。流された人が買ったからでしょうか。

品薄でなかなか手配できないとのこと。戸枝さん、何とかならないかと。


いろいろ手配しましたが。愛知から持って行くのが1番早いと判断し。

4月の9日10日11日の予定で、2名の職員と岩手県田野畑村に向かって走り出しました。

物資.jpg

相手先に連絡すると、燃料や生鮮食品などに困っているとのこと。

お付き合いのある他の施設は、薪で湯を沸かしてという状態で。

湯煎で食べられるレトルト食品、水を運ぶ容器と水が欲しいとのこと。

1日掛かりで買い出しをして、ワゴン車に積めるだけ詰めて行きました。


大きな地図で見る

田野畑村は、ここ。

知多から那須塩原まで8時間走り、泊。ここで、帰りのためにレンタカー借りて2台に分乗。

翌日、一気に、田野畑村まで走り、盛岡まで帰って泊・15時間ドライブ作戦。

雪景色.jpg

本州で1番寒いところだとのこと。盛岡〜田野畑の真ん中・岩洞湖・まさかの雪景色。

知多では桜が満開だのに。日本って広い。被災施設の皆さん、寒くないだろうかと心配。

田野畑村沿岸部.jpg

田野畑村沿岸部です。ここに家や水産加工の工場があったのです。

田野畑沿岸部2.jpg

トンネルが見えます。三陸鉄道北リアス線が寸断されて見る影もない。

海に面した道路も陥没。防波堤は破れ、道路にテトラポットが乗り上げていました。

津波の力は、本当にすごいです。言葉が出ません。

家の中.jpg

田野畑村唯一の障がい者施設です。

通所施設なのですが、被災した利用者や職員が避難していました。

普段は織りをしているとのこと。その作業台が食事のテーブルになっていました。

薪ストーブだったので。暖は取れていました。よかった!

届けた物資.jpg

「つなぐプロジェクト」に。

義援金・支援金をたくさん送って下さった皆さんの想いを支援物資として届けました。

とりわけ、生鮮食品が喜ばれました。「1ヶ月振りのトマト!」と歓声が。

りんご.jpg

お礼にと。ご飯を呼ばれてしまい。

雪に埋めていたんですよと。

「田野畑村の昨年採れた最後です」というりんごを頂きました。

いかせんべい.jpg

もともと。水産加工をされていたご夫婦が始めた作業所とのこと。

フライ.jpg

いかのせんべい、いかや魚のフライ。これらを障害のある方々と作っていました。

その加工をする作業所がすっかり流されました。


避難していた職員さんも、津波に流され掛かりながら逃げてきたとのこと。

「ひとつ作業所がまだ残っているし、生きているし、頑張らないと!」と。

目に涙で、ガッツポーズを作って笑う顔がたまらない。見ていて胸が苦しい。


「もう、工場がないから、水産加工に変わる仕事を探さなきゃ」

そう、おっしゃりながら。最後のフライをじっと見つめる皆さん。たまらない。


「また、やりましょうよ。国もいろんな助成や補助を考えているみたいですよ」

そう言って励ましましたが。。。また、あの沿岸部に作業所を再建するのか。。。


「ご縁ですから。これから、ずっとやり取りしましょうね!」

そう誓い合って。車のキーを渡して帰ってきました。

僕は。望まれるなら。この施設の再建に関わりたい。そう強く思いました。

それくらい。短時間の滞在ですっかり共感できる素敵な所でした。


後ろ髪引かれる思いで、盛岡に戻り。ホテルのロビーで長葭さんと意見交換。

このひと月の大変さ。そして、これからのことをいろいろ話し合いました。


「僕、今日も確信したんですけれど。東北の人は辛抱強いし、地域愛が強いし。

とにかく、普通では考えられない位、きっと、動かないですよね。」そう僕が言うと。

「東北は昔からいろんなことに耐えて乗り越えてきたんだから」と長葭さん。


壊滅的な地域も含めて。みんなきっと。

その地域から離れない。その地域を再生しようとする。自分達の力で。助け合って。

それを支援するべき。疎開とかじゃなくて。押しつけの善意ではなくて。

彼らの。立ち上がろうとする自主性を、まさにエンパワメントする。

そういう支援であるべきだ。と強く確認しました。


翌日は。みらいず:河内代表が20日位這いずるように頑張っている石巻へ。

被災したコンビニ.jpg

2週間振りでしたが。海から上がってきた泥やいろんなものが発酵して。

すえた臭いが街中に充満していました。以前より、明らかにいるのが辛い。

幼稚園.jpg

「その時間」で時計が止まっている園舎。激突するバス。

重機がたくさん動いていて。瓦礫の撤去も行われていましたが。

延々と続く。明らかに遺体を埋葬する穴を掘っている重機も見ました。

心が重い。

コンビニ.jpg

石巻からだいぶ離れたコンビニでも、まだまだ、こんな感じ。

テレビでは、なんか、すっかり復興モードな感じがしますよね。

そんなことないです、現地は。

石巻全景.jpg

石巻の高台から見た景色です。大きな画像なので。↑クリックして見て下さい。

空爆受けた後の写真ですよね、これは。

言葉を失います。


石巻市役所で、福祉課長さんや福祉事務所長さんに挨拶。

その後、地元のNPOの方、河内代表と意見交換しました。


地元の方の力を伸ばしつつ、僕なりに関われることがないのか。

それを見つけた気がします。

なんか。手柄争いみたいな。利己的な醜い関わりになっているどうしようもない人や。

全然動かないのに。いろいろ言うだけの評論家が多くてうんざりですが。

僕だけでなく。誰もが。自分の出来ることをじゃんじゃんやればいいのです。

そう思います。

近日中に。次のフェーズを皆さんに行動提起できればと思っています。


余談ですが。

帰り道。石巻から那須塩原に向かう高速SAで大揺れ。高速通行止め。(-"-)

仕方なく、白石手前で下車。帰宅断念泊。ずっと余震。しっかり寝られず。

被災地にいる人達は。ずっとこんな怖い夜を過ごしているんだと痛感。


翌日、那須塩原から東京までの東北新幹線チケット買ったその瞬間、また、大揺れ。

何とか、乗ったと思ったら。。。

今度は東海道新幹線が浜松手前で長野に地震でストップ。

最後まで、散々でした。(>_<)
posted by toeda at 20:46| 愛知 | Comment(5) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年04月07日

4月10日で「つなぐプロジェクト」は終了しますの巻き

「つなぐプロジェクト」終了のお知らせです。

東日本大震災への緊急対応プロジェクト。

「つなぐプロジェクト」HP http://tsunagu-pj.blogspot.com/

福祉施設が避難所指定されていない中、自然発生的に避難所状態になり。

物資などが届かずに孤立するような状態にならないように。

ということで、緊急対応として動いた訳ですが。


障がい福祉関係として、大きな組織などが動き出したので。

もう、大丈夫だろうということで。このプロジェクト自体は、4/10で終了です。

ほとんどふわり関連の方でしたが、このプロジェクト名で、

義援金(支援金としても使うことになります)をたくさんお寄せ頂きました。


支援のための物資購入・動いた経費などの精算をして、残金があれば、さらに、

震災関連の必要な所へお金を使いたいと思います。

ありがとうございました!


また、整理できたら、会計報告しますね。


先日の民主党PTでは。こんな意見を出しました。

東北震災ネットワーク意見 追記Blog用.pdf

NPO法人全国地域生活支援ネットワーク副代表という肩書きでの参加でしたが。

時間もなかったので、まったく僕の個人的な意見になりました。


意見書に書いた、国としての障がい福祉的な震災対応をするフレームとしては。

いくつかの動きが。


ひとつは、JDF(日本障害フォーラム)という大きな障害団体がたくさん加盟している組織の動き。

JDF東日本(東北関東)大震災被災障害者総合支援本部 というのが設置されたとのこと。

http://www.dinf.ne.jp/doc/japanese/JDF_shienhonbu.html


もうひとつは、知的発達障害本部 という 福祉協会・育成会・JDDネット・GH学会・

全国地域生活支援ネットワークなどの連携組織。

福祉協会が中心になって、福祉施設などの被災状況を調査し、物・人両方の支援をするようです。

全日本てをつなぐ育成会からは、物資などの提供の呼びかけが来ています。

物資を集められて、送りたいと考えていらっしゃる方は、こちらへどうでしょうか。

育成会・被災地への支援物資についてのご協力のお願い.pdf


震災関連のまとめが書かれた全社協発行の障害福祉関連のニュースです。

3月号(2).pdf


僕個人としては、障害福祉関係からは、何のお声も掛かっていないので、静観。

偉い先生達がたくさん動いているので、出番なしです。


意見書に書いた、もうひとつ。福祉避難所・疎開先開拓に関連して。

湯浅誠さんが室長になった、内閣官房震災ボランティア連携室の福祉関連のお手伝いは、

もしかしたら、するかもです。

出来る範囲で。ほんの少し後方支援し始めています。

助け合いジャパンHP http://tasukeaijapan.jp/


湯浅さんチームに参加している田村太郎さん@ダイバーシティ研究所との連携や。

IIHOEの川北秀人さんの動きとの連携や。

何か出来ないかと、模索していますが。

どこも、対応しなければならない的が大き過ぎて、まだ、動きを整理できていません。


この週明けには、何か動きが具体的に決まるんではないかと。


個人的な問題意識としては。

障害福祉関係の動きを見ていると。

結局支援されるのは、施設サービスにつながっている人。


僕は、普通の避難所にいるスペシャルニーズのある人がきちんと手当てされる国で、

あって欲しいと強く思っています。

そうでなければ、「共生社会」じゃない。

家が被災したら、避難所に普通にヘルパーが全国から走って来る。

障害者だけで固まらなくても、ちゃんと支援される。

そういう国にならないとダメだと思う。

また、僕は、夢見がちの理想主義的・妄想家ですかね?

そんな立場で何か出来ないだろうかと。そう強く思っているのですが。


被災地を見てきた人間としては、何かしたい気持ちが高まるばかりですが。

長期戦になる支援だと思いますので。

ぐっと方向性が見定まるまで、堪えて。

むそうもふわりも新年度の体制を固めないといけないので。

日々を地道に過ごすしかない。そんな今日です。という報告です。
posted by toeda at 18:18| 愛知 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月28日

被災地の障がい福祉関係の方意見があればどうぞの巻き

明日、障がい者・難病の与党PTが東京で開かれます。

東北地方太平洋沖地震に対する立法措置についての団体ヒアリング


NPO法人全国地域生活支援ネットワークとして参加させて頂きます。

開催が投げられてから、時間がなかったので。

僕が取りまとめで、急ぎこんな意見を。

東北震災ネットワーク意見.pdf

福島県グループホームなどの取り扱い文書.pdf

他にも、言いたいことはいろいろありますが。

17時までに資料送れとのことでしたので。今回は、この3点。


会議明日朝8時から。今日、最終のセントレア〜羽田スカイマークに乗りますので。

10時位までに頂いた意見なら、自分で刷っていけば、まだ配布できますので。

特に、被災地などで大変な状況にある人の意見が大切。


コメント欄に何かあれば、どうぞ。与党・厚生労働省に届けます。

浜通りさんなどどうですか?
posted by toeda at 17:18| 愛知 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月27日

東北関東大震災・支援者/支援事業所向け制度活用ガイドの巻き

被災した施設や家族の方。疎開など支援をしたい方。

国などの障害福祉関係:震災関連情報を整理したサイトです。


http://www.karuizawa.ne.jp/~tanto/saigai/index.html

又村あおいさん文責。長野たんと飯島さんサイト管理。


被災した施設は、いまだネット環境がないところが圧倒的です。

この後、ボランティアに入る方は、これを紙媒体にプリントアウトして。

情報提供して欲しいと思います。

個人的な判断ですが。

これを経営者だけに提供すると、きちんとした判断をしないところも多いと思います。

職員さん達にできるだけ、配布頂けるといいように思います。


また、この震災では、乳幼児・学齢期の家族で暮らしている障害のある方は。

訪問系サービス(ホームヘルプなど)も使っていない人が東北などでは多いので。

福祉情報がなく、まったく孤立している可能性があります。

自閉症などの子どもがいる家庭は、避難所にもいけないために。

物資も情報も孤立している可能性があるのです。

自閉症の子持つ家庭孤立 http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2011032600198

そういう意味で、携帯などで拡散頂けるとと思います。

家族ごと疎開。障害の本人がいるとして、ホームヘルプなどファミリーサポートが受けられる。

そういう乳幼児・学齢期などの家族と障害のある方がそのまま疎開するパターンは。

あまり、僕の持っている情報では想定されていない気がします。


そういう受入先が、必要だと思います。


現地に行った者の実感としては。

まだ見つからない肉親がいるかも知れない海を。

火葬もできずに葬った肉親が眠っている街を。

まだまだ、みんな、移りたくないと思っていると思います。


原発周辺の福祉施設でさえ、いまだ、移動をしないで様子を見ています。


それでも。避難が長期化する可能性が高まっていますから。

必ず、疎開の選択をする人が増えると思いますから。

受入が可能だと思う方は、この情報を読み込み、アクションして欲しいと思います。

福島浜通りさん>お待たせしました!
posted by toeda at 16:15| 愛知 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月24日

昨日は気仙沼に行ってきましたの巻き

基本的な物資は、シビアな被災地にも届いてきています。

避難している人が餓死するような事態は避けられたと思います。


3月23日(水)は、水すら不足している障害者の事業所があるとの情報で。

気仙沼に走りました。

東北道を抜け一関。一関は地震で被災していましたが。

塀や壁が落ちているところはありますが平穏。コンビニも飲食店もやっています。

032304.jpg

この施設は、気仙沼の山の方にあったので、被災しなかったそうですが。

同じ法人の沿岸部の方にあった施設は被災。利用者2人流されたとのこと。

バスをいつも3時に出すそうですが、ギリギリ出発前に発災。

利用者は帰りませんでしたので、家族の迎えを待つ形に。


家族が被災して迎えに来られない障害のある人、家を流された職員一家などが、
避難所として、この通所施設にいました。

032303.jpg

被災後、山で薪を拾って火をおこし、トイレの水は沢で汲み。

おにぎりで凌いできたとのことで。

水とともに、燃料と特に新潟のスーパーで買った生鮮食品が喜ばれました。

帰りのトラックを深々と頭を下げて見送って下さった職員さんが。


震災直後にガソリン積んで飛んできた京都チームの凄さには比べようもないですが。

愛知の人達の想いと頑張りが。

被災した方にちゃんと役立つ形で届いたなぁと思いました。


施設は、電話もインターネットも不通。職員の携帯が唯一の通信手段。

施設の再開や再建のために、国やWAMなどがいろいろな対策を打ち出していますよと、
理事長さんにお伝えすると、「ほ〜」っと。

疲れと今を乗り切ることで精一杯で、そんなことは考えられないんだと思いました。

また、国などの対策は、本当に必要な施設には、まったく情報として届いていません。


「手をつなぐ」などで大活躍の又村あおいさんが。

今この震災関連の国などの動き、通達などを整理して下さっているとのこと。

そういう整理された情報を届ける支援がこの後重要だと思います。


再建に向けて、被災施設の再建コンサルティングを誰かがしないと。

どうしていいのかわからないのではないでしょうか。

仙台でも、津波で被災した施設が、再建の見通しを高齢の代表がつけられないの
ではないかという話を聞いています。

032301.jpg

理事長さんが、「気仙沼の地獄を見ていって下さい」というので、沿岸部へ。

ひしゃげた電柱、陸に上がった船。津波の勢いをまざまざと見せつけられます。

032302.jpg

自衛隊が道を作ってくれましたが、建物はぐちゃぐちゃです。

片付けて、また住むという状態の建物も沿岸部から離れるとありますが。

沿岸部は、ほぼ、壊滅状態です。


僕達がいた時にも地元の商工会が物資を少ないですが施設に持って来ました。

岩手の陸前高田、大槌などシビアなところにも、最低限の物資は届いたとのこと。

物資を送るプロジェクトは、完了ですね。ありがとうございました!


次は、再建に向けて、疎開に向けての動き支援ですね。

引き続き、義援金よろしくお願いします。

三菱東京UFJ銀行 半田支店 口座番号:0026931   普通

口座名義:特定非営利活動法人ふわり
posted by toeda at 16:47| 愛知 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月23日

今日は、松島・石巻に行ってきましたの巻き

いよいよ被害甚大だと言われている被災地へ!

割れた道路、段差が出来た橋を通り。そろりそろりと行きました。

032201.jpg

東松島市野蒜(のびる)の海岸線。壊滅って、こういうことかって、感じ。

youtubeにも、のびるの様子が。 http://www.youtube.com/watch?v=T2fPS2MLbGo

032202.jpg

わかりますか?おしりを見せて、馬が死んでいるんです。競走馬か観光用か。

どこから流れてきたのか。人だけじゃなくて、いろんな生き物が被害に遭っています。

032209.jpg

石巻市です。船が街に刺さっている。どんな力が働いたら、こうなるんでしょう。

032205.jpg

石巻の施設に、おむつや食料品、カセットコンロやボンベを降ろしました。

軽油もドラム缶ひとつ。

032206.jpg

この施設には、かなり物資が集まってきていました。とにかく、ないのは燃料。

在宅の人には物資を届けるはおろか、状況確認が出来ていないとのことでした。

032207.jpg

同じ法人の他の施設にも行きました。ちょうど、自衛隊が物資を持って来ていました。

本当の被災地は、自衛隊が道路を開かないと入れなかったと思います。

入り口でプロでないとと言っていたことに納得。

しかし、物資を細かく必要な所に届けることは出来ていません。

太い血管と毛細血管。両方いると思いますが、太い血管だけになっている。

そんな印象の被災地です。

032203.jpg

石巻市役所の壁新聞です。役所も様々なニーズに必死に対応しながら。

避難所としても同時に機能していました。こういう時は、とにかく柔軟に頑張れ!です。


連日、車でひたすら移動、夜も睡眠不足で腰がかなりやばい。

明日は、気仙沼の水が欲しいと言っている施設に行けるか検討中です。

気仙沼、陸前高田、大槌辺りに支援が届ききっていない気がします。


本当の流された被災地の人は、疎開しかないと現地行って本当に思いました。

「仮設住宅必要なだけ作るのに1年かかると言われて始めている」と。

石巻で偶然すれ違った、日本財団の沢渡さんに教えてもらいました。


でも、その被災地でも、みんな、何とか留まろうとしています。

相当、カウンセリング的に説明できる人が説得しないと、疎開が必要な人も、

なかなか動かないだろうなと思いました。


愛知から全国から、いろいろ支援の話を頂いていますが、こなし切れていません。

ご迷惑をお掛けしている方もいるかも知れません。ご容赦を。

あ。義援金が集まり始めているとむそうスタッフから聞きました。

三菱東京UFJ銀行 半田支店 口座番号:0026931   普通

口座名義:特定非営利活動法人ふわり

ありがとうございます。引き続き、多くの支援が必要だと思います。よろしくご協力下さい。
posted by toeda at 01:05| 愛知 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 東日本大震災 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月22日

仙台市に着きました!の巻き

思ったより、復旧している。

仙台市内の様子です。まあ、津波があった地域は、相当大変ですが。

電気・水が来ている地域が多いですし。

飲食店も2時間待ちとからしいですが、始まり。

仙台までは、何とか、暮らしが戻りつつあるという実感です。

kousoku.jpg

知多から中央道で長野抜け、北陸道、新潟市1泊、磐越道で会津抜けて仙台。

806q。約14時間30分。高速、ずっとがらがら。地震で波打ってがたがた。

sa.jpg

災害支援通行許可書がないと入れない、安達太良サービスエリアの人がおにぎり配ってました。

通行止めで仕事がないのに。。。それでも、誰かのために。東北の人達は熱いです。(T_T)

bussi.jpg

つどいの家で、ガソリンと灯油などドラム缶降ろし。

仙台は思いの外復旧しているので。

食料などは、明日もっと被害のひどい石巻に持って行くことに。

suminoeman.jpg

せんだい・みやぎNPOセンターへ移動。5日前から入っている、大阪みらいず河内君と合流。

彼の悲しい性から。写真ははしゃいでいますが。おにぎり片手に被災地を走り回ってくれました。

湯浅誠:田村太郎チームの一員ということで来ていました。

「被災者の所に介助やメンタルケアの専門家を派遣するのと、避難と言うより疎開が必要ですわ」

見立ては、的確。松島や石巻などのすごい様子を写真で見せてくれました。

明日、東京に戻るという彼をじっと見つめると。。。明日、一緒に石巻に行ってくれることに。

感謝、かんしゃ。

kan.jpg

一昨日。たまたま兵庫県豊岡市にいて、仙台入りを決めたので。

豊岡のホームセンターで僕がゲットした携行缶。

ガソリン携行缶、ガスコンロ&ガスボンベ、電池など燃料系。

調理しなくて良い食料、新品の衣類(特に下着)、灯油ストーブ、などが欲しいです。

あ。何より義援金。

三菱東京UFJ銀行 半田支店 口座番号:0026931   普通

口座名義:特定非営利活動法人ふわり

「振り込みました!」連絡下さった方、ありがとうございました!


マスコミは被災地入るなキャンペーンですが。仙台に来てくれる介助者募集です。

新潟空港に来てくれれば、迎えに行きます。

避難者受入がない、九州や四国、北海道などの春休みに入る大学生やプロの福祉職員など期待です。

連絡下さい。


明日、知多から第2便が仙台に出発します。気をつけて来てね!
posted by toeda at 01:12| 愛知 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | NPO法人ふわり | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする